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名古屋城探検
・その1-榧(かや)の木-
・その2-那古野城-
・その3-本丸御殿跡地-
・その4-清正の石曳き-
・その5-本丸 表二之門-
・その6-正門-
・その7-西南隅櫓-
・その8-勤皇の精神-
・その9-青松葉事件-
・その10-二の丸茶亭-
・その11-乃木倉庫-
・その12-東南隅櫓-
・その13-西北隅櫓-
・その14-本丸御殿玄関-
・その15-桜満開天守閣-
・その16-しろの日-
・その17-不明門-
・その18-名古屋城検定-
・その19-さつき大会-
・その20-深井丸-
・その21-御殿椿-
・その22-名城検定結果-
・その23-2013年初開門-
・その24-武将隊-
・その25-菊人形-
・その26-つばき展-
・その27-郷土英傑行列-
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名古屋城探検その2ー那古野城(なごやじょう)ー
名古屋城が築かれるまでの数十年間、ここには那古野城(なごやじょう)があっ
て、織田信長はここで生まれたとされています。いまでも二の丸庭園内に「那
古野城跡」の碑が残っており、今川氏豊の居城とされています。やがて織田信
長の父が那古野城を奪い取りましたが、信長はやがて清須城に移り清須城から
桶狭間の戦いに出陣することになります。しばらく日の目をみなかった那古野
城ですが、徳川家康の命により1610年の名古屋城築城と清須越開始で、徳川御
三家筆頭尾張家の居城となっていきます。ちなみに、現在名古屋市中区にある
「那古野神社」と地名「那古野」はそれぞれ「なごのじんじゃ」・「なごの」
と読み、那古野神社という名前は明治時代になってつけられたもの。
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【名古屋市教育委員会看板】
大永(1521〜28)の初め、今川氏親が名古屋台地西北端に築いたもので、一名
「柳の丸」といった。氏親は、一族の氏豊を城主として守らせていたが、天文
元年(1532)織田信秀のため城を奪われた。その後信秀が居城し、天文3年信長
はここで生まれたよいわれる。同年、信秀は古渡城に、また、弘治元年(1555)
信長も清須に移り、一族の信光が居城したが、やがて廃城となった。慶長15年
(1610)名古屋城築城の際、二の丸の一部となった。

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▼名古屋城のご案内
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管理事務所 名古屋市中区本丸1-1 電話:052-231-1700
開園時間:9:00〜16:30 休園日:12月29日〜1月1日 最寄駅:地下鉄市役所
観覧料:大人1人1日500円(高齢者・団体等割引制度、年間定期観覧券あり)

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